2009年10月02日

琵琶湖の湖北の江戸時代の幕藩体制は複雑

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琵琶湖の湖北の江戸時代の幕藩体制は非常に複雑だったようです。

例えば現在の滋賀県高島市の範囲でも、金沢藩、伯方藩、堅田藩、

郡山藩、敦賀藩、朽木藩、小浜藩、大溝藩、直轄領が

あったそうです。


金沢藩は「まつ」さんが秀吉より化粧領として、今津町のあたりを

もらったようです。その後は金沢藩は京都へ行く途中にここで

宿泊したようです。

それにしても「まつ」さんは女性ながら大変な実力者で

あったのでしょうか。

秀吉も頭が上がらなかったかもしれませんね。


ところで、こんな狭い場所にこんなにも多くの藩があったのは

何故でしょうかね。

日本海から京都、大阪へ海産物等を運ぶ物流の要衝であったことが

その一つだと思われます。

その上に、軍事上も重要な位置を占めていたのでしょうか。

福井以北から京都や大阪を攻めるにはこの湖北の通行は

どうしても必要であったでしょう。

そしたら、いろいろな藩があったほうがよかったと思われます。




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posted by カナサト at 22:58 | Comment(0) | 琵琶湖岸の歴史の足跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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